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  大黒流の史料
 
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4年 三番 つノ一
 
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<前年度 令和4年 (2022年)

松囃子当番町 下新
松囃子当番町 町総代 木村信博
松囃子当番町 取締 田中真


流傘鉾揮毫 櫛田神社 阿部宮司、溝口堂央、西山陽一、田中勇、中村弘峰、西川直樹
町傘鉾揮毫 錦山亭金太夫、峰松由布子、横山佳美、廣門愛由、西頭大蔵、木村信隆
傘鉾製作 西山陽一
下新川端町 木村町総代(右)と田中取締
松囃子記念手拭

 行事 行事説明
1月29日(土) 町総代寄    
2月6日(日) 松囃子委員寄    
4月29日(金) 古式傘鉾御神入    
5月1日(日) 傘鉾御神入 午前11時  
5月2日(月) 前夜祭 午後4時 於 福岡市役所前広場
5月3日(火) 松囃子 集合 午前7時 記念写真撮影
出発 午前7時20分
櫛田神社出発 午前8時50分
松囃子振興会の新型コロナウイルス感染防止対策 参加者用マニュアルに示された「コロナ前の40%以下の参加者で催行する」の基準を踏まえ、大黒流では昨年同様に当番町20名・受取町10名・各町5名に参加人数を制限して催行した。
古式傘鉾 流傘鉾 町傘鉾 田中取締 木村町総代 午前7時 博多リバレイン前
松囃子記念撮影  
  参加者のリボン 博多川端商店街  
櫛田神社へ 大黒天 三福神そろって「祝ぉーたー」
阿部宮司 木村町総代 福博の街へ出発 建設中の櫛田会館
5月4日(水) 松囃子 櫛田神社出発 午前8時50分
5月5日(木) 計算寄    
5月22日(日) 御面送り 午前11時30分 於 たばこプラザおくむら前
 立会人 古ノ一 新島町総代、川中 内藤町総代









山笠当番町 つノ一
山笠当番町 町総代 黒岩弘治
山笠当番町 取締 井上明広



  ゆうもうのかんしゅうにしてひず
三番山笠標題 勇猛漢周而不比
  最も強い者とは、私心を持たず道理を重んじ調和するが、媚びたり流されたりせず信念を貫く。


人形(題材)  宗義智 (そうよしとし 1568-1615)
宗義智は、鎌倉時代から対馬を統治していた宗家の第19代島首であり、対馬藩初代藩主。
豊臣政権時代に、朝鮮通信使が約150年ぶり復活した頃、義智は漢城(ソウル)から京都まで通信使と同行し聚楽第で秀吉と面会させ、国交回復を実現させた。
秀吉没後、徳川政権になると、義智は粘り強く講和交渉を進め、再度、国交を回復させた。この二度の国交回復は、国書を偽造するという奇策だったが、義智のこの勇気ある行動が平和を実現させた。世界的なコロナ禍、国際交流と平和への想いが込められています。


今年の山笠の記録は、行事終了後 9月頃の公開となります。 
令和元年の記録は <こちら> をご覧ください。

 






  町総代 取 締
下新 木村信博 田中真
麹屋 柴田潔孝 河原田健嗣
古ノ一 新島啓二 落石悠介
川中 内藤博文 平川陽一
すノ二 長澤正信 原寿始
川端 渡邊貫一郎 王徳英
すノ三 安河内宏 坂田康浩
寿通 新島一弘 簑原光悦
古ノ二 乾 健 牧尾浩一
つノ二 茂末新二 永吉大輔
すノ一 大塚茂喜 草場康文
つノ一 黒岩弘治 井上明広

総務/ 山笠委員/ 松囃子代表/ 松囃子委員

町総代 取 締
つノ一赤手拭 つノ一若者
小西博明
芳賀大樹
浅野賢一
小口幸士
江崎孝一
小西晃
後藤哲也
瀬戸聖志
竹本祐太
 
山笠当番町 つノ一 役員
山笠当番町 つノ一 若者



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