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いよいよ舁山 「大黒流」 が動き始めます。



7月10日
男野点茶会 (茶道南坊流)
山笠神事の慶賀と当年の無事奉納を記念して櫛田神社で開かれる野点茶会です。各流の総務らが招待されます。
かつて豊臣秀吉臨席の下、千利休が博多で神谷宗湛・島井宗室など博多衆の世話により創案した茶会で、黒田藩の茶道であった「南坊流(なんぼうりゅう)」が奉仕をします。運び役は一番山笠の子供が務めます。
平成13年


流舁
この日、初めて舁山が動きます。流舁(ながれがき)は大黒流域を舁き廻る(担いで廻ること)行事です。
それぞれの町域に入るとその町の者が台上り(台の上から舁き手の指揮を執る役割)を務めます。
昭和38年


町総代寄り/取締寄り
町総代寄りでは諸般の事柄を話し合います。
取締寄りでは山笠運行等についての話し合いや、 11日他流舁、12日追山馴しの台上り区割り抽選、ならびに櫛田入(櫛田神社境内の「清道」とよばれる道に山笠を舁き入れ奉納すること)の鼻取り(山笠の四隅で舵を取る役割)の抽選をおこないます。

7月11日
朝山御祝儀
祝儀の膳で町総代をもてなします。
町総代は「年寄帷子(としよりかたびら)」とよばれる麻の着物と白足袋に草鞋のいでたちで、提灯を持った2名の赤手拭若者を従えて当番町へと向かいます。
昭和58年


朝山 (祝儀山)
「祝儀山」ともよばれ、流の古老を敬う行事です。
順路は流舁と同一で、各町域に入ると通常その町の年寄りが台上りを務めます。町総代は「年寄帷子」のまま台上りをすることも珍しくありません。
平成21年


町総代山巡り
昼時、各町町総代が集って山笠巡りをします。


他流舁
大黒流の流域を出て、旧博多部の他流域を舁き廻ります。
山小屋を舁き出した山笠は、先ず「櫛田入」をおこない、国体道路 - 承天寺の清道 - 旧東町筋を通って山小屋へと戻ります。
台上りは10日の抽選で決まった町がそれぞれ受け持ちます。(表、見送り各2名)
昭和33年


追善山/功労山
追善山は、町総代取締の経験のある故人を悼み、舁山を故人宅前までもっていき供養する行事です。
他流舁から戻り手打ちが終わると台上り町総代に交代し、すぐに出発します。故人宅に設けられた祭壇の前では「祝い芽出度(博多祝い唄)」を歌い、焼香をして供養をします。
功労山は、大黒流に功労のあった故人を、当番町内に設けた祭壇で合同追善する行事です。 追善山のあとに行われます。
平成21年 (追善山)
※平成21年までは7月13日の集団山見せ終了後に行っていました。

7月12日
追山馴し
最終日追山の順路より約1km短い道程を、追山さながらに舁き廻る行事で、7本全ての舁山が参加します。
順路は先ず「櫛田入」をおこない、国体道路 - 東長寺の清道 - 承天寺の清道 - 旧東町筋 - 大博通り - 旧西町筋を通って「追山馴し廻り止」(奈良屋町)に至ります。

一番山笠の櫛田入り時刻は午後3時59分です。一番山笠だけは清道内で一旦山笠を止め、能舞台に向かい「祝い芽出度(博多祝い唄)」 を歌います。二番山笠は4時5分に出発し、以降5分間隔で後に続きます。追山馴しでは櫛田入と全コースの所要時間が計測されるので、おのずと舁き手たちの気合も入ります。
昭和33年 (櫛田入)
櫛田入の台上り(表・見送り各3名)は通常当番町が受け持ち、コース上の台上り(表・見送り各1名)と櫛田入の鼻取り(4名)は10日の抽選で決まった町がそれぞれ受け持ちます。


町総代寄り/取締寄り/赤手拭祝儀
町総代寄りでは諸般の事柄を話し合います。
取締寄りでは山笠運行等についての話し合いや、13日集団山見せのコース外と15日追山の台上り区割り抽選、ならびに櫛田入の鼻取りの抽選をおこないます。
赤手拭祝儀は、舁山の前に設けた会場で赤手拭が祝儀の酒を交わします。
平成4年 (赤手拭祝儀)

7月13日
集団山見せ
舁山が旧博多部から那珂川を越えて福岡部(天神地区)へ出向く唯一の行事です。7本全ての舁山が参加し、コースとなる明治通り(呉服町交差点から福岡市役所迄)は大勢の人で賑わいます。

台上り(表、見送り各3名)のうち、表の棒さばき(台上りの中央)を当番町町総代、見送りの棒さばきを受取町町総代が務め、他は福岡の著名人らがゲストとして台上りします。

復路も7本の舁山が順に市役所西側を出発して博多部へと戻ります。大黒流はこの後単独で櫛田入りをおこない山小屋へと戻ります。復路の台上り(櫛田入を含む)は12日の抽選で決まった町がそれぞれ受け持ちます。
平成11年
平成5年

7月14日
流舁
10日の流舁と同じく、大黒流域を舁き廻ります。
それぞれの町域に入るとその町の者が台上りを務めます。
昭和31年


案内
追山の前(14日の夜)、当番町は各町の町総代取締に、追山が始まることの案内に廻ります。
「もうどうぞ」が訛って「もうろーろー」と聞こえるため「もうろーろー」との俗称があります。

7月15日
山据手打
追山だけは深夜に当番町と受取町だけで舁き出し、土居通りの待機位置に山を据えます。
各町は、午前3時から3時半の間に提灯を高らかに掲げて現地で合流し、手打ちをします。このことを「山据手打(やまずえてうち)」とよんでいます。
平成13年


追山
15日の未明に、7本全ての舁山が約5kmの道程を渾身の力で舁き廻る行事です。
順路は先ず「櫛田入」をおこない、国体道路 - 東長寺の清道 - 承天寺の清道 - 旧東町筋 - 大博通り - 旧西町筋 - 旧横町筋などを通って「追山廻り止」(須崎町)に至ります。

一番山笠の櫛田入り時刻は午前4時59分で、一番山笠だけは清道内で一旦山笠を止め、能舞台に向かい「祝い芽出度(博多祝い唄)」 を歌います。二番山笠は5時5分に出発し、以降5分間隔で後に続きます。追山では櫛田入と全コースの所要時間が計測されるので、おのずと舁き手たちの気合も入ります。

櫛田入の台上り(表・見送り各3名)は通常当番町が受け持ち、コース上の台上り(表・見送り各1名)と櫛田入の鼻取り(4名)は12日の抽選で決まった町がそれぞれ受け持ちます。

廻り止に到着した舁山は台上りを当番町と交代し、「当番町」へと戻って「手一本」をいれます。
平成9年 (櫛田入)
平成4年


山揺すり/山崩し
追山終了の「手一本」が入ると、表に当番町町総代、見送りに当番町取締台上りして舁山を当番町町総代宅前までもって行きます。そして「祝い芽出度(博多祝い唄)」 唱和の中舁山を前後に激しく揺すり(山揺すり)、手一本ののち当番町の手で粛々と山崩しを行います。
平成10年


山台送り
素山になった山台は、立会人のもと受取町(翌年度の当番町)に引き渡され、表を受取町、見送りを当番町が担って受取町までもって行きます。
平成4年 平成13年


御礼廻り/御願廻り
当番町は当番の御礼を述べに11ヶ町を廻り、それぞれの町で山据手打時に預かった提灯を戻し、「手一本」を入れ、一年間の行事の終わりを確認します。
受取町は当番町の御礼廻りにつづいて翌年度当番の御願いを述べに廻ります。11ヶ町で「手一本」を入れて、山笠は来年へと続いていきます。
平成13年






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