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  大黒流とは
 
  大黒流の構成町 
 
  旧町時代の大黒流
 
  中 つ 中対馬小路
  上 す 上洲崎町
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  下 い 下鰯町
  上 つ 上対馬小路
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スサキの名は鎌倉期から見られる古い地名で、那珂川河口の洲の崎に位置することから言い習わされたものと思われます。
町内には古くから須ケ崎恵比須神社と行願寺・多福庵(現・多福寺)の2つの寺院がありましたが、博多の町割り以降、江戸期になってからは筑紫組回漕店や油問屋呼子屋に代表される船問屋、志荷(振売)商人宿、代呂物(雑貨)問屋、呉服屋など大きな商家が軒を並べ賑わい、元禄年間、明和年間の戸数をみても洲崎流の中核をなす大町であったことが伺えます。

地理的には福博古図に示される通り、那珂川に並行した2つ目の縦筋町で、江戸期には海側から順に洲崎町下、洲崎町中、洲崎町上に別れていましたが、明治初年頃までに洲崎町下が洲崎町中を吸収合併し洲崎町下となりました。その後、明治7年から下洲崎町と改称し、昭和41年1月31日まで存続します。
その間、昭和19年に戦前戦中最後の山笠当番をつとめます。翌20年6月19日の福岡大空襲で全町壊滅し、戦後の区画整理で昔の面影はなくなってしまうのですが、この年、昭和19年には映画「陸軍」の撮影のため9月にもう一度ヤマを建て撮影に協力しており、劇中、山笠が下洲崎町を舁き廻る姿が残されています。
昭和41年2月1日の町界町名整理により、須崎町一区須崎町三区対馬小路一区のそれぞれ一部へと分割されました。 [2007.08.07.石田聖一]









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昭和28年







当番法被 水法被 提灯
 
   
   





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