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対馬小路の海辺に近い地域を特に「大下」(おおじも)とよんでいた。対馬小路は天正十五年(1587年)の太閤町割りによる「博多七小路」の一つで、その名の由来は対馬藩主宗義智がこの大下の地に秀吉から900坪の邸地を賜り、屋敷と倉庫を建てたことに縁る。
明治35年(1902年)に博多大築港が竣工すると、多くの貨物や旅客船舶の入港により関連商家や事業場が集積したこの地域は大変繁栄した。
昭和41年(1966年)の町界町名整理で「下対馬小路大下」の名は消えて単に「対馬小路」(つ)となった。また、昭和61年には倉所町の一部地域が「対馬小路二区」(つノ二)として大黒流に復帰したことにより「対馬小路一区」(つノ一)とした。なお、水法被の意匠は現在もつノ一に引き継がれている。









     
     





     
     







当番法被 水法被 提灯
 





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