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櫛田神社 第49回 式年遷宮 令和7年10月25日
櫛田神社で21日から始まった式年遷宮の神事が、25日、博多おくんちの御神幸を兼ねた渡御・還御祭で幕を下ろしました。式年遷宮は25年に一度執り行われています。 写真:同日夕方、八仙閣(博多駅東)で催された祝賀会

博多祇園山笠奉納 令和7年7月15日

今年も無事に山笠を奉納することができました。山笠当番町古ノ一の皆さん、各町の皆さん大変お疲れ様でした。ご通行中の方々や警察には、運行のご協力をいただきありがとうございました。 (写真:山揺すり 大黒流総務 古ノ一 新島啓二町総代)


当番町お汐井取り 令和7年7月1日

1日夕方、山笠当番町古ノ一が、筥崎浜(福岡市東区)で真砂を取る当番町お汐井取りを行いました。
観測史上最も早い梅雨明けとなり、山笠期間は厳しい暑さが予想されます。


飾り山笠公開 令和7年7月1日

1日朝、飾り山笠が公開されました。
左:十二番山笠 川端中央街 総務 竹ヶ原政徳
右:十五番山笠 博多リバレイン 左から 筒井謙一朗、総務 山本成嗣、池田道彦


昭和会夏季懇親会開催 令和7年6月22日

恒例の大黒流昭和会夏季懇親会が櫛田神社で開催されました。来賓として櫛田神社阿部宮司、博多中学校田中校長、博多小学校穴井校長、博多小学校PTA山会長にご出席いただき、今年も大いに賑わいました。(写真:山笠当番町古ノ一の皆さん)


博多座大歌舞伎 船乗り込み 令和7年5月31日
歌舞伎役者の博多入りを知らせる、恒例の「船乗り込み」が博多川で行われ、中村勘九郎さん、中村七之助さんら出演俳優が大勢の見物客の声援に応えました。

大黒天御面送り 令和7年5月18日

博多松囃子で使用した御神具を申し送る御面送りが、18日昼に行われました。石村萬盛堂前で、松囃子代表川中内藤町総代からすノ二長澤町総代へと、大黒面や目録が手渡されたあと、場所を須崎町の古都へ移して粛々と行われました。


博多松囃子が無事終了 令和7年5月4日

五月晴れの中、博多松囃子が賑やかに催行されました。参加された皆様、また、今期で退任される博多松囃子振興会 楢ア尚弘会長(つノ一)、大変お疲れ様でした。(写真:4日 櫛田神社を出発する大黒天)



 更新情報 ≫過去の更新 

令和7年のページ更新
令和7年のページに山笠の写真等を多数掲載しました。ご協力いただいた皆様ありがとうございました。
(写真:追山櫛田入 棒捌 落石悠介、右肩 浦ア修、左肩 柴田哲)


ギャラリー更新
令和7年の山笠の写真を 大黒流ギャラリーで公開しました。川端 平塚直樹さん、つノ一 桑原隆一さん、スタジオソマダさん、写真のご提供ありがとうございました。なお、令和7年のページは近日中に更新します。

スタジオソマダさんの写真追加
毎年櫛田入を撮影してあるスタジオソマダさんから、令和6年の写真を79枚ご提供いただきました。画像は別冊大黒流総合サイト スタジオソマダからご覧いただけます。 (写真:追山馴し櫛田入 棒捌 森本伸也、右肩 浦ア亮介、左肩 二田水祐史)


昭和38年の取締記念写真
未収集だった昭和38年の取締記念写真を古ノ二 佐藤寛治さんからご提供いただきました。
 昭和38年の名簿
 昭和の取締記念写真一覧


令和7年のページ追加
松囃子の記録等を収めた令和7年のページを追加しました。
また、各町のページの役員名簿と 松囃子ギャラリーを更新しました。


令和7年の垂絵
博多松囃子で使用する傘鉾には各6枚の垂絵が取り付けられます。絵師の方らが、令和7年の傘鉾のために揮毫してくださった垂絵を紹介するページです。

旧町時代の地図を再公開
大黒流の地図をリニューアルしました。
明治24年/昭和2年/現在の地図、町名・町域を切り替えながら見ることができます。



 世話人会・管理人情報 ≫世話人会 

サイトリニューアル計画始動 令和7年8月26日

大黒流総合サイトの構造や運営を、持続可能なものにリニューアルする計画が始まりました。新たに加わった若い世話人会メンバーの豊富なアイデアを詰め込み、より魅力ある次世代のサイトを目指します。 ご興味がある方は 町内の世話人 にお声掛けください。




  毎年の記録
12/26更新
地 図
大黒流を
構成する町
山笠 松囃子
変遷
座談会
歴代当番と
山笠人形
年 表
お悔やみ

櫛田入り写真

スタジオ ソマダ
別 冊
ブログ大黒流
手拭
町総代
記念写真
取締
記念写真



令和八年 山笠 世話当番町
 川 中(川端中央街)
 町総代 内藤博文
 取 締 竹ヶ原良徳

川中は大黒流のもっとも南側(岡側)に位置し、博多川端通り商店街を中心に構成しています。戦前までは下新川端町の一部でしたので当番法被の柄にはその名残があります。


令和八年 松囃子 世話当番町
 すノ二(須崎町二区)
 町総代 長澤正信
 取 締 金光貞春

すノニは、曽て下鰮町と呼ばれた町の大部分であり、明治期は町内にあった船溜場が商海として大いに賑わった町です。現在も水法被には背中に鰮の「い」を背負い、当番法被は当時同様鰮の群れを表す市松模様を着用し、歴史と伝統を受け継いでいます。










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