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「博多松囃子」は、正月の年賀行事が博多の人々によって風流な民俗文化となり定着したものです。「流(ながれ)」とよばれる博多の自治組織によって現在まで受け継がれています。


毎年5月3日、4日に賑やかに開催される「博多どんたく港まつり」。初日の午後1時にスタートするパレードで先頭を歩いているのが「博多松囃子」です。
博多松囃子は室町時代から続いており、どんたくの源流でもあります。

松囃子の「三福神」(福神(福禄寿)、恵比須(夫婦恵比須)、大黒天)と「稚児」は2日間で150ヶ所以上もの商家や企業、官公庁などをお祝いして廻ります。

福神は福神流、夫婦恵比須は恵比須流、大黒天は大黒流が受け持ち、それぞれ「言い立て」を謡う子供たちを先頭に、三本の「傘鉾」(めでたい字や絵をかいた6枚の揮毫を垂らした鉾)、御神馬にまたがった神様、白丁(はくちょう)を着た御付き、そして流の人々という順番で街々を祝い練り歩きます。
大黒流はもともと「洲崎町流」と称していましたが、松囃子で大黒天を奉っているので明治初期より大黒流となりました。
三福神 櫛田神社にて 平成17年
傘鉾 崇福寺にて 平成17年

福禄寿 夫婦恵比須 大黒天

祝いを受ける博多町家ふるさと館
長谷川法世館長 平成17年
稚児流「稚児舞」 平成17年
祝賀先では両手を上げて「祝ぉーたぁー」とさけび、大黒天の場合、手に持った小槌を振って御祝いします。祝いを受ける側は「一束一本」(半紙100枚と末廣を水引で束ねたもの)と、御祝儀を差し出し、御酒や紅白蒲鉾、乾物などでもてなします。

なお、稚児は稚児西流と稚児東流が交代で受け持ち、三福神とは別行程で「稚児舞」(稚児による雅楽と舞)を披露して廻ります。

松囃子は古くから領主への挨拶廻りとして、また、博多町民の年に一度の楽しみとして続いてきましたが、明治5年に金銭浪費ということで政府から禁止の御達が出されました。
松囃子の再開を望んだ博多っ子は、博多区と福岡区が合併し福岡区になった(明治9年)お祝いを紀元節の日に行いたいと県庁へ願い出ます。合併祝いの名目である以上「松囃子」と言う訳もいかず、オランダ語で休日を意味する「zontag(ゾンターク)」からとった「どんたく」という名で明治12年に復活したのです。なお、誰もが参加できる「通りもん」は時代とともに形を変え、現在のパレードへと発展しました。

松囃子参加人数は大黒流が新体制(昭和41年)になった頃から増加し、現在では大変賑やかに行われています。







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